深田晃司・想田和弘・篠崎誠スペシャルトーク!

深田晃司(映画監督)

『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリを受賞。『さようなら』は東京国際映画祭コンペティション部門に出品。監督最新作『淵に立つ』は今年度(2016)カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に選ばれた。

想田和弘(映画作家)

台本やナレーション、BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。第1弾『選挙』以来新作が発表される度に世界中で大きな反響を呼ぶ。最新作『牡蠣工場』は全国公開中。

 

篠崎誠(映画監督、立教大学現代心理学部教授)

 

映画『SHARING』監督。


 

以下の鼎談は2016226日に立教大学新座キャンパスで行われたイベント「311以後の映像表現」内の鼎談を採録したものです。登壇者は、今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に最新作『淵に立つ』が選ばれた深田晃司監督と新作『牡蠣工場』が全国公開中の想田和弘監督、そして篠崎誠監督の3人。この日上映されたのは深田晃司監督の『さようなら』と『SHARING アナザー・バージョン』でした。

 

 

 

 

 

311によって明らかになったこと

 

 

 

篠崎 今日2本映画を上映しました。『さようなら』と『SHARING』。まずは、率直なご感想をお願いします。

 

 

 

想田 それぞれ、拝見したのは2回目です。両方とも、本当にすごい作品だと思っています。僕は3.11NYで経験したのですが、原発事故が起きて、建屋がふっとんだ映像をリアルタイムで観た時は、心臓が止まる思いでした。僕は80年代から脱原発運動に関わっていたこともあったので、積年の不安、恐れがまさに現実化したという感じだった。「ついに来たか!」という印象でした。一時期、6つの原子炉が制御不能に陥ったじゃないですか。もしかしたら日本にもう住めなくなるんじゃないかというふうに思って「人の居ない日本」というイメージが頭の中にこびりついて離れなかった。『さようなら』を観て、そのことをすごく思い出しました。その後いろんな偶然が重なって、そうはならなかったけれども、あのとき日本政府が最悪のシナリオとして考えていたのは東日本放棄だったじゃないですか。東京に、人が住めなくなる。事と次第によっては、日本全国に住めなくなることだってありえたと思う。深田さんの作品は、まさにそうなった場合のことを描いていましたよね。現実に原発事故は起きているんだけれど、それとは違うフィクショナルな原発事故を描いていた。なおかつ、僕たち自身のあの日の経験から来る、めちゃくちゃ生々しい会話やシチュエーション、全くもって絵空事ではない虚と実の交わり方が絶妙だった。あの時自分が本当に恐れていたことが起きたらこうだったんじゃないか、というシミュレーションみたいに見えました。

 

 

 

篠崎 当時、報道で「絆」という言葉が取りざたされて、「立ち上がれ日本!」「日本人一致団結!」みたいなと言われ方をしましたよね。僕には弟と妹がいて、2人ともそれぞれアメリカ人、ノルウェー人と国際結婚しています。日本に住んでいる外国人の友人もたくさんいます。だから、日本で暮らしているのは日本人だけではない、という思いがあって、「日本人よ、立ち上がれ」というフレーズへの違和感がありました。何かそこには排除の心性が隠されていて、すごく不寛容だなと思ったんですね。それが今も続いている気がします。『さようなら』は、主人公を日本人にしないということによって見えてきたものがたくさんありました。そのあたり、どういうところからこの企画が始まったのか聞かせていただけますか。

 

 

 

深田 これはもともと原作があるんです。平田オリザさんという、想田監督が『演劇1』『演劇2』という映画で密着されてますが、彼が2010年に作った「アンドロイド演劇」なんですね。15分の短編で、登場人物も、アンドロイドと、病気で死んでいく女性のみでした。それを池袋で観た時に、まず映画化したいと思いました。あの公演が打ち出していた「世界で初めてアンドロイドが演劇に出ている」という話題性よりも、死とは何か、人間とは何か、アンドロイドとは何かということを考えさせるところに惹かれました。一方、主演女優がブライリー・ロングさんであったことも面白いなと思いましたね。なぜ英語がしゃべれるブライリーさんが、アンドロイドと、ネイティブではない日本語をしゃべっているんだろう?って。じゃあこれをどう映画にしようか考えていた矢先に、3.11を迎えたんです。そこで僕は、原発のことを物語に絡めようと考えた。フィクションは、まだ観ぬ恐怖を可視化する装置ですから。例えば80年代から90年代、観客にとって最もリアルに見えた放射能の恐怖は、米ソ冷戦の核戦争ですよね。これまで、あらゆる作品の題材になっている。それが日本では今、原発なわけです。原発事故やテロは、もしかしたら明日にも起きるかもしれない。そういった意味で『さようなら』が描いていた状況は、3.11を経験している日本人なら誰もが一番最初に想像がつくであろう、とても簡単なことなんです。この映画はSFではない。極めて現実的なことを描いたつもりです。

 

 主人公が外国人であるというのは、篠崎さんがおっしゃった通りで、津波の被害も放射能の恐怖を味わったのも日本人だけではないんですね。難民の収容施設に入っている人たちが、地震が起きても逃げ出すことができずに、むしろ鍵をかけて閉じ込められたという笑い話みたいなことが起きたりしていて。でもそれらは、多くの報道からこぼれ落ちてしまう。じゃあ、主人公が日本から逃げることのできない難民だったらどうなるだろうと思いました。

 

 

 

篠崎 そこにアパルトヘイトの問題とそれが引き起こした悲劇が入ってきますね。

 

 

 

深田 原発が抱える本質的な問題の一つが、差別的構造だと思うんです。都市圏に電力を供給するために、どこかの地方が犠牲になる。そしてその原発を動かすために、経済的弱者が労働力として駆りだされてしまう。そこで何かがつながったのですが、もっとも人間らしくて、アンドロイドがしないであろう行動は何か、それは差別だと思うんですね。そういう差別的な行動を、人間たちがアンドロイドの横で繰り広げている。一方、アパルトヘイトが撤廃された時に、一部の白人は黒人の暴力を受けたり逆差別を受けている、と主張した。つまり加害者であったはずの白人層が被害者だと言い始めるという現象が起きましたね。それに似たことが、日本でも在日韓国人の人たちとの間で起きている。だから3.11がなければ、この映画はありえませんでした。

 

 

 

 

 

世界を描写する

 

 

 

篠崎 作り手が、3.11の影響を受けないでいることは、無理だと思うんですね。どういう形でそのことを映画に出すのかは別として。311によって自分の表現が変わらざるを得なかった、一番大きい点はどういうことでしたか。

 

 

 

想田 僕はお二人とも、3.11からの影響を映画的に昇華されているからすごいなと思いました。僕の場合、『選挙2』や『牡蠣工場』でも、原発や3.11が必然的に映り込んでくるんですけれど、でも映画でガチで対峙してるかというとちょっとそういうわけでもなくて。僕はその代わりに、映画とはまったく違うことを始めてしまったんですね。Twitterで吠える、という(笑)。僕はもともと、政治的発言は慎んでいた人間なんです。自分の作品に色を付けて見られるのが嫌だから。でもあの事故が起きた時に、日本では「ただちに影響はない」なんて、事故を過小評価するような報道がなされていたじゃないですか。でも例えばCNNを観ていると、初日くらいから「メルトダウン」という言葉を使って報じていたんですね。同じ事故について語られているとは思えないくらいに違った。しかもアメリカ人やフランス人には、それぞれの政府から退避勧告が出されている。これって、メディアも一緒になって、日本政府が日本人を捨てようとしているんじゃないかと思ったんです。そう思ったらもう、黙っていられなかった。日本の人たちが観ていないニュースを、自分が発信しなくてはと思ったんですね。あの頃フォロワーは200とか300人くらいしかいなかったけど、発信し始めたとたんに爆発的にフォロワーやリツイートが増えました。それから雑誌や新聞の取材や寄稿依頼がだんだん舞い込むようになって、「論客」みたいな位置づけをされる機会が雪だるま式に増えていったんですよね。それが、僕の中での、昇華の方法の一つでした。映画作家だから、本当は映画だけで昇華したほうがカッコいいんだけど。だからお二人はとてもストイックに、映画で正面から昇華されているからすごいなと思いました。

 

 

 

篠崎 とんでもない。僕はいろんなことがとっちらかったままになっていて、いまだに何も昇華できていないです。深田さんはこの前にもう一本『ほとりの朔子』という映画を撮っていて、その重要なシーンの一つとして反原発集会がありましたよね。そこに想田さんが、俳優として出ておられる。

 

 

 

深田 想田さんが、オピニオンリーダーになられる前に撮った映画です。そうなるとは思っていなかったからびっくりしました。反原発運動の、ちょっとうさんくさいリーダーの役で。

 

 

 

想田 一緒に運動をしている18歳の女の子に手を出すという(笑)。最初、オファーされた時に3回くらい断ったんですよね。

 

 

 

深田 一応、三顧の礼ということで(笑)。

 

 

 

想田 僕は演技できないから、映画を台無しにしちゃうからやめた方がいい、って。そしたら深田監督は「いつもの想田さんでいいですよ」って言うんですよ。それで台本を読んだら、すごく嫌な奴だったので、「深田め!!」って思いました(笑)。

 

 

 

深田 『演劇1』『演劇2』で、思いのほかたくさん撮られたことへのリベンジです(笑)。

 

 

 

篠崎 リベンジというよりも、あの役をステレオタイプな悪役にしたくなかったという思いがあったからでしょう?

 

 

 

深田 それはありますね。あの映画では、福島から避難してきた高校生の少年が、壇上に上げられてスピーチをやらされるという場面で、反原発運動に対してちょっとネガティブにもとれるような発言をするんですね。僕自身は反原発という立場でデモにも行くんですが、僕が思う映画の豊かさというのは、何でも疑うことができる点だと思うんですよ。自分が最も信じるものでさえ、疑うことができる。だから反原発を映画で扱う時に、そのまま扱ってもしょうがないなと思って、ああいうシーンになりました。

 

『さようなら』を作るときにも意識しましたが、映画で社会問題を扱うというのはとても難しいところなんですね。原発事故以降、多くのドキュメンタリストが、原発事故をテーマにたくさんのドキュメンタリー映画を作った。けれど、反原発を謳った映画を観る人たちの多くは、すでに反原発運動に共感している人たちなんですよね。意地の悪い言い方をしてしまえば、反原発の人たち同士で「やっぱりそうだよねー」って溜飲を下げて終わってしまう。だから映画を作る人間としては、いかに遠いところに届けられるか、いかに異なる感想を呼び起こせるかを考えなければいけないと思っています。『さようなら』を公開して面白かったのは、あそこに映っている寒々とした景色を「リアルだった」と思う人と「絵空事じゃないか」と思う人とに、大きく分かれたということ。健全な現象だと思いました。

 

 

 

想田 仰るとおりです。原発事故なり3.11を「昇華する」ということと「メッセージ性の強い映画を作る」というのは別なんですよね。今日、お二人の作品に共通して感じたのは「世界を描写する」ということなんですよ。3.11後の世界を、自分の視点で描写していく。『SHARING』も、この事態に対するそこはかとない不安とか、困惑、恐怖、だけど希望が入り混じった感情が描かれていて、起きている事象も本当とそうでないことが入り混じり、非常に複雑な入れ子構造の中で絶妙に表現されていますよね。しかもそこにもうひとつのロング・ヴァージョンではさらに「テロ」という、我々のもうひとつの恐怖ワードが入ってきて。篠崎さんの、3.11以後の心境や考えを、とても鮮烈にシェアできる映画ですよね。主人公と「薫」が、それぞれの方法で不安や恐怖と向き合って昇華していくのと同じことが、篠崎さんの中にも起きていたんじゃないかと思いました。

 

 

 

篠崎 こういう題材の映画を撮ることで「311以後」のいろんなことに余計向き合わざるを得なくなったのでしょうね。映画を撮ると、取材でよく聞かれるじゃないですか。「この作品で一番訴えたいことは?」って(笑)。でも、その質問に数行で答えられるなら、それを書いたビラを配った方がいいわけで。そうじゃなくて、ひと言では言えないからこそ映画をつくるわけです。いろんな出来事、物事を解釈を与えず、音と映像でできればまるごと包んで差し出したいという思いがあります。

 

 『SHARING』のシナリオを書いていたのは2013年秋でした。その頃、ちょうど「アンダーザコントロール」発言があって、物凄く憤りを感じました。そして実際にこの映画を撮ったのが震災から3年目の2月、3月でした。これは僕の主観に過ぎないかも知れないですが、3.11についての報道番組がその時点で早くも極端に減った印象がありました。被災地以外の人たちは、早く忘れよう、なかったことにしようとしているように思えました。そのことを自分がとやかく言う権利はないかもしれないけれど、ある種の憤りのようなものを感じたのは事実で。そういう思いや迷いがいろいろあって、この映画ではそれらを愚直に出そうと思いました。

 

ただ、映画を作る上で難しいのは「登場人物の言動」イコール「作り手の言動」ではないじゃないですか? 自分の考えとは反対のことを言う人物を出すことは普通にあるわけで。でも、映画を通すと、あたかも作り手がそれを肯定しているように見えてしまうんですね。暴力反対の意図をこめて暴力描写をしたにもかかわらず、暴力を肯定しているように見えかねない怖さ、危うさというのが映画には常にあります。

 

ものを作る人間が特別で偉いわけではもちろんなくって、その時々の状況と無関係にものは作れないし、作り手自身も無意識の中でそれらに影響されて生活しているから、そういうものが映画に反映されざるを得ないと僕は思うんです。3.11以前だったら切っていたかもしれない台詞でも、今自分の中でザワザワしているのであれば、一度形にして外に出そう、という思いが今回強くありました。

 

 

 

 

 

変わらないことの不気味さ

 

 

 

想田 3.11が起きた時、これだけの一大事が起きているのに、それに対して何らかの反動が起きないはずがないと僕は思ったんです。『選挙2』という映画は、震災直後の41日公示の地方統一選を撮っているんですね。主人公の「山さん」が脱原発で選挙に出る。なぜなら他の候補者たちが、誰も原発について語ろうとしないから。それを撮っていた時は「すごく変なものが撮れている!」と思ったけれど、よく意味がわからなかったんです。あまりにも変すぎて。言ってみれば、ゴジラが足音を立てて街に襲来してきたような状況下ですよ。でもそこへ実際に行ってみると、普通に通勤ラッシュがあって、suicaをピッピッって鳴らして、みんな機械的な生活をしている。選挙活動もそう。「おはようございます」「行ってらっしゃいませ」って頭を下げるだけ。そこで山さんが変なコスプレをして、脱原発を訴えてる。あまりにも奇妙すぎて「何なんだろうこれは」と思ったんですけど、201212月に衆院選があったじゃないですか。原発事故以来、初めての国政選挙。そこで、安倍晋三率いる自民党が圧勝したでしょう。その時に、意味がわかりました。みんな、原発事故を無かったことにしようとしているのだと。安倍さんはずっと「ああいうことは起きたけれども原発は推進すべきだ」と公言していた。もちろん民主党もひどかったから、競り合って自民党が勝つ、とかだったら僕もわかるんですけど、圧勝!だったわけです。ああ日本の主権者の大多数は、あの事故を無かったことにしたいんだなと。それを踏まえて『選挙2』の素材を観ると、そういうことが全部映っているんですよ。出てくる人たちはみんな、一貫してそういう態度を取っている。あまりにも問題が巨大過ぎるから、唯一できるのは「忘れること」なんです。そういう選択を、日本人は今のところ、してきているんだと思います。

 

 

 

篠崎 『SHARING』の中でも瑛子の台詞で「死なんてなかったことにする。地震も津波も直接被害を受けてなければ忘れてしまえばいい」って言わせていますが、忘却は、これからを生き延びるための本能的な知恵なのかもしれません。そうじゃないとあれからいまにいたる忘却は説明がつかないですよね。でも果たしてそれで本当にいいのか。

 

 

 

想田 あまりにも合理的ではないですよね。選挙結果もそうだし、今起きていること、例えば再稼働を進めようとしていること、あるいは再稼働を進めようとしている原発から冷却水が漏れていること、それでも推進し続けていること。そのすべてが非合理的です。

 

 

 

深田 海外の映画祭でよく聞かれるのは「日本は変わりましたか」ということ。とても答えに困るんです。確かに政治意識は高まった気がする。でも相対的に見たら、原発を推進し続けてきた政党が与党で、原発もどんどん再稼働に向けて着々と進んでいって、何も変わっていない。不思議ですよね。

 

 

 

想田 変わってないどころか、むしろ突き進んでるよね。輸出するって言い出してるんだから。

 

 

 

深田 「虚構新聞」かと思いますよね(笑)。やっぱりそれって、国民の同時代的な意識の高低では簡単には止められないような、大きな政治の流れがある気がして。今日、ニュースがあったじゃないですか。「メルトダウン」という言葉の基準がマニュアルに明記されていたけど誰も気づきませんでした、っていう(笑)。

 

 

 

想田 あの言い訳、認めていいの? ありえないでしょう!

 

 

 

篠崎 ありえないです。本来ならみんな怒り狂っていい。でも……慣れちゃったんでしょう?僕も含めて。それでいいわけないんですが、そういうことにもう驚かなくなった。そんな中でものを作っていくというのが、より一層混迷していかざるを得ないんじゃないかと。

 

 

 

想田 そうですね。ものすごく混迷していますね。

 

 

 

深田 今回『SHARING』が2バージョンできているというのは、まさにその「混迷」だと思うんですよ。

 

 

 

想田 うまい!

 

 

 

篠崎 そうだよね(笑)。

 

 

 

深田 『SHARING』っていうタイトルでありながら、この映画が描いているのは「シェアすることの難しさ」。愛する人を失った哀しみは、どこまで行ってもシェアできないけど、でもそれをわかりながらもどこかで「シェアしたい」と思っている篠崎さんが、それを1本の映画にしようとしている。今日見たアナザー・バージョンと違う、もう一つの111分バージョンには、篠崎さんの怒りがそのまま映っていますよね。そしてあの、衝撃のラストシーン(笑)。

 

 

 

篠崎 立教の映像身体学科に、哲学をやられている江川先生という方がいらして。その方によると、人間の感情の中で一番根本的なのは喜びと哀しみなんですって。そこから派生して、憤りや怒りが生まれていくと。それは、概念だけで、頭で納得するのではなく、一度、肉体的な回路を通すせいなのかな、と。それって実はとても大事だと思って。

 

今、Facebookとかで「シェアします」って簡単に言いますよね。でも必ずしも肯定的にシェアしているとは限らない。共有するという言葉は、なんとなく良いことのようにも聞こえるけれども、ものすごく怖い部分もあるなと思うんですね。同じ方向を向いてる人たちだけが固まって、お互いに評価して。それって、言葉は悪いけれど、間違った宗教みたいな感じじゃないですか。たぶん僕らは生きている以上、何かを信じなきゃいけない。誰かに対する愛情だったり、地位や名誉、あるいはお金だったり。僕らは、ものを作るっていうことに比重をおいたりするんだろうけど、何かを信じているからこそ、かろうじて生きていられるんですよね。でもそのことが、あることを盲信することが別の歪みを引き寄せている気もするのです。一つのことをものすごく信じる人だけで集まって「シェア」することで、不寛容を生み出している感じがします。

 

 例えば「原発」を語る時、僕も原発の再稼働には反対ですけけども、「反原発」と言ってしまったとたんに、むしろ、原発を生き延びさせることに寄与してしまうような感覚があるんです。ある概念とか物事は、賛成だけじゃなくて、むしろ強い反発によって支えられてしまうのではないか。ある種の宗教も世間から弾圧されれば、されるほど内部の結束は強まるでしょ。で、自分たちが弾圧されるのは、自分たちが正しいからだって論理に行きつく。一方で、反原発を訴える人たちの中にも、非常にヒステリックで攻撃的な反応をする人もいます。「原発ムラ」同様に、「反原発ムラ」というのもあるようにも思える。何か双方ともに、お互いが聞く耳を持たず、不寛容の中に閉じている。だからといって、再稼働に反対せずにそこで黙ってしまうと何も変わらないわけで、「NO」ということは大事なんですが、その先のことも考えないとダメですよね。せめてちゃんと対話があるといいんですけどね。どうもそうなっていない。相田さんと同じく僕も映画にわかりやすいメッセージを入れて、観客を誘導することには反対ですが、でも、もはや愚直に映画の中で、言葉で言える部分は言わないとダメな気もしていて…。いや、うまく言えているかどうか、心許ないですが。

 

 

 

想田 わかります。

 

 

 

篠崎 だから、いまだに混沌としているんですよ。今もこうして話しながら混沌としているし、今日こういう機会を設けたのも、僕自身が素直に自分の混迷をさらけ出して、お二人の意見をお聞きしたいと思ったからなんです。

 

 

 

想田 ちなみに『SHARING』を2バージョン作るというのは、最初から考えておられたんですか?

 

 

 

篠崎 初稿の段階ですでに今日上映したアナザー・バージョンには出てこない第三の男というのが登場していましたが、ラストは、ヒロインの瑛子が、彼を亡くした宮城に行くというところで終わっていました。それから2稿目を書いた時に、ロング・バージョン(=111分版)のラストを付け加えたんですね。瑛子が宮城に向けて出発する準備を進めているとテレビで臨時ニュースが始まるんです。「首相官邸から重大なニュースをお伝えします」と緊迫した面持ちのアナウンサーが言いだすのを見ている瑛子のアップで終わりでした。考えたら『さようなら』の冒頭に繋がるようなシーンですね(笑)。といっても、この映画のシナリオを書いた時には『さようなら』はまだ撮影されていませんでしたし、『さようなら』の脚本も読んでいません。それを、最終的にはご存じのように直接的な描写に変えました。でも、このシーンを映画として描くことが、果たして、いいのか。対社会のモラルに従うという意味ではなく、自分自身の倫理の問題として、これをこういうふうに形にしていいのか。先ほどの暴力描写の話にもつながるんですが、こうなってはいけないという反対の意味をこめて描いても、肯定しているように見える。かといって、それをやらないのも、嘘をついているような気がする。最後まで迷ったあげくに撮ってみたということです。

 

 

 

 

 

分身としての、2つのバージョン もうひとつの可能性

 

 

 

篠崎 この作品は文科省の研究助成を受けて作っています。当然、締切日が決まっていて、そこに合わせて元の脚本通りに編集すると間に合わなくはないけれど、たぶん中途半端なものにならざるをえない。どうしようか迷っていると、ある日、編集者に「第三の男を一度全部切ってみました。問題あれば戻しますから、見てもらえませんか?」と言われました。それを見ると、これはこれで、自分が一番最初に、脚本を書きだす前に考えたことに近かったんですね。この2人の女性を主人公にすることによって、いろんなことがすごくストレートに伝わってきた。脚本を書きだす前に、共同脚本の酒井君と話していた最初のアイデアに近い感触がありました。一方で、これでは綺麗過ぎるなという思いもありまして。

 

僕はウジウジした人間で、自分がやったバカなことを後悔したり、あるいは「自分が選ばなかった方の選択」をいつまでも考えちゃうタイプなんです(笑)。諦めてしまったことや、自分の行った間違った言動を反省したり、そのようにも、ありえたかも知れないもう一つの可能性をクヨクヨと考えてしまうんです(笑)。何かそれが劇中で語られる「分身」「もうひとりの自分」に重なったのかも知れません。つまり、ありえたかも知れない別の可能性です。ただ、最初からそこまで理論的に考えて作ったわけではないです。というか、最初からわかっているものを映画にする必要はないんです。自分がなぜ、それに惹かれるのかわからないからこそ映画を撮る。基本的に、ものを作る時は直感に頼ります。そこから「分身」とか「予知夢」っていうキーワードが浮かんで、それを調べているうちに共同脚本の酒井善三くんが「虚偽記憶」という論争が心理学の学界で70年代からあったのだということを見つけてきてくれて。

 

今日、『さようなら』を見て、改めて感じたんですが、本当に死に絶えつつある世界が描かれていますよね。怖いことなんだけど、同時に美しくもあった。「この静寂、いいなあ……」と思っている自分がどこかにいるんですね。ひょっとすると人間なんていない方が世界は穏やかで美しいかも知れない(笑)。僕は、ものを作る中にそういう二つの可能性がたえずあって、どちらかだけを落とすと嘘になると思っているのかもしれませんね。本当は、二つが綺麗に交りあった映画が撮れると良いのでしょうが。

 

 

 

深田 両方作っちゃうって反則ぎりぎりですよね(笑)。

 

 

 

篠崎 でも、どちらも僕にとってすごく大事なものなんです。二つある、ということ自体が、今自分が感じている実感なんでしょうね。世界を見て、ぐだぐだ考えたり感じていることの実感が、自分の中で分裂しているというのが。

 

 

 

想田 今日のアナザー・バージョンには『あれから』の系譜を強く感じましたね。そしてロングバージョンは『死ね!死ね!シネマ』(笑)。

 

 

 

深田 言われてみればそうですね(笑)。

 

 

 

篠崎 ロング・バージョン(=111分版)の破局的な何かは、『忘れられぬ人々』の終盤にも通じるかもしれません。ただ静かな映画として終わることもできただろうけど、『スターウォーズ』のダークサイドじゃないですが、自分の中には黒々とした暗黒面みたいなものがあってですね。放っておくとそっちに転がりかねない(笑)、それが画面に出てしまうのでしょうね。

 

それと、世の中のネガティブなものがあることは承知していながら、でもそれを凝視するんじゃなしに、深い表現に行き着いている美しい作品がたくさんあるじゃないですか。たとえば、小津安二郎監督の映画。小津さんの映画もネガティブなものが一切出てこないわけではないですが、写し出されていたとしても非常に昇華された、すごく透明な描写になっている。『東京物語』『麦秋』『晩春』あたりはまさにそうです。ところが、小津さんの中でもちょっと突出しているのが『風の中の牝』。あの映画と『早春』『東京暮色』が僕、実はすごく好きなんです。あれは小津作品の中では失敗作と言われているんですけど、戦争直後の東京の風景があんなに生々しく映っている小津さんの映画って珍しいですよね。田中絹代さんが生活のために売春せざるをえなくなって、復員した夫に罵しられ、あげくに階段から真っ逆さまに落っこちるという、小津映画にしてはありえないシーンまであって。小津さん自ら小津的世界を壊そうとしている。そう見えます。敗戦後の景色の中で、いつになく登場人物たちが感情を露わにしている。それって、「今これを撮っておかなくちゃならないのではないか」という切迫した感覚だったんじゃないかと思うんです。その先へ行くには、今生じている迷いを全部出すしかないという。

 

 

 

深田 世界にどう向き合おうかという作家の迷いが、そのまま映っている映画は魅力的ですよね。政治はどこかで白黒つけなきゃいけないけれど、「賛成」と「反対」の間には、ものすごく複雑なレイヤーがあるはずで。割り切れないものを何とか割り切ろうとする古い政治の力学に対し、「世界には割り切れないものもあるんだよ」ということを形にして残していくのが芸術や映画だと思うので、『SHARING』はそれを地で行く作品なんだと思います。

 

 

 

想田 『SHARING』はものすごくバージョンを重ねていましたよね。

 

 

 

篠崎 でもさすがに劇場公開される日が来て、多くの皆さんの人目に触れたらそこで終わると思っています。今日上映したショート・バージョン(=劇場公開に際して『SHARINGアナザー・バージョン』と改題)に関しては、20145月に最初に立教大学でお披露目して以降は、編集は変えていませんが、ただ、ロング・ヴァージョン(=111分版)はまだ進化の途中です(笑)

 

 

 

深田 今回、短いバージョン(『SHARING アナザー・バージョン』)と長いバージョンができたっていうことも僕は面白いなと思うんですよ。僕は見ていて、短いバージョンの方が長く感じたんです。人が痛みに向き合うこと、昇華していくこと、シェアしていくことに、ものすごく愚直に向き合って、ただ見つめている映画。そのことに丁寧に時間が割かれている気がして、人の再生にはこんなにも時間がかかるのだと思いました。

 

 

 

篠崎 今、商業映画の多くは、ベストセラーの漫画や小説を原作としていますよね。プロデューサーと会っても、「なんかいい原作知りませんか」「知り合いの小説家はいませんか」って必ず聞かれるんです。まず原作物ではないオリジナルの企画が通る人は、宮崎駿さん、北野武さん、是枝裕和さんと橋口亮輔さんぐらいじゃないかな。あとは自らプロデュースもする塚本晋也さん。黒沢清さんでさえ、最近は原作物が多いですよね。その点、『SHARING』は中身に対する制限や検閲が一切なかったので、ありがたかったです。だからこそ2つのバージョンを作ったり、ある種の実験を持ち込んだ上で、そんな必要も要請もないのに、研究発表で終わりではなく、商業公開に耐えうる映画にしたいと思ったんです。

 

 

 

深田 映画って、「映画館のスクリーンで上映する」という形式が強固じゃないですか。例えば絵画だと「キャンバスを疑う」という運動が生まれて、キャンバスの外へ、街中へアートが広がっていったりするけれど、映画はなかなかそういうわけにはいかない。その中でも例えば一部の映像作家は複数の映画を隣り合ったスクリーンで同時に上映するとかして、「スクリーン」というものに揺さぶりをかけているんですね。『SHARING』が2本あるのは、そういった「形式への揺さぶり」なんじゃないかと思います。2本で1本なんですよね。

 

 

 

篠崎 そう言っていただけるとありがたいです。と言いつつ、一つ間違えるとデジタルは再現なく編集できてしまうので、サグラダ・ファミリアみたいなことになりかねない。上映する度に違うヴァージョンに(笑)

 

 

 

深田 『SHARING 2016』とか(笑)。

 

 

 

篠崎 『SHARING 2.0』とか『SHARINH 3.0』(笑)希望と恐れ、というとあまりにも単純化しているかもしれないんですけど、僕の中にはたえずその両極があるんです。ここ数年選挙のたびに毎回絶望するんですけど、それでも日本に暮らしていて、自分には子どももいます。でも自分の家族のことだけでなくて、これから生まれてくる人たちのことをすごく意識するようになりました。自分が歳をとったせいかも知れません。これから生まれて来る人たちが居られる場所を残しておかなくてはいけないと素直に思うんです。

 

『牡蠣工場』でロカルノ映画祭のプログラマーが言っていたのかな、「映画は世界を変えられないけど、世界の見方を教えることならできる」。それに尽きる気がしていて。何かを声高に訴えているわけではないけれど、でも何かがゆっくりと見えてくる映画ですよね。『牡蠣工場』は3.11そのものについての映画ではないけど、でも根深く、そのことがあって。といって社会的プロパガンダ映画のように、映画のために漁村の人たちを利用しているわけでは断じてない。Twitterで政治的なことをガーッと発言しているのではなく、僕がよく知っている、いつも笑って楽しそうで穏やかな想田和弘という人が、一番映っている映画が『牡蠣工場』じゃないかなと思います。あの場所で、想田さんが感じている海の匂い、風とか日差しの強さ、いつもながらの存在感のある猫(笑)。あそこで暮らしている人たちの眼差しとか、そういうものがあの映画には出ている。そのことで、むしろそういうものがこれから消えて行きかねないのだという脆さが、視界に浮上してくる映画だったと思います。映画はすべて表層的に、映ったものがすべてだと言う人もいるけど、僕はそうじゃないと思っています。映っていないものが、映っているものに影響を及ぼしている。フレームの中と同じくらい、フレームの外は大事ですよね。想田さんの映画にはいつも感じるんです。『選挙2』もラストショットの、あのゆっくりしたカメラの動き、あれは単にカメラがトラックバックしていて、そのショットが秀逸だっていう技術の問題ではないですよね。どこからどう世界を見つめて撮ろうとしたのか、それがあのラストショットにすべて映っていた。そしてそれは、それまでの全体があったからこそのラストなんですよね。それこそが映画だと思うんですよ。

 

 

 

想田 「描写をしたい」というのは、本当にその通りです。『牡蠣工場』の予告編だけを観ると、グローバリズムとか過疎化とか、テーマ主義的な映画にも見えかねない煽り方をしているんですけど、でも撮っている時は、牡蠣工場という小さい世界に流れる時間や日常を、まるごとすくいとりたくてカメラを回していますし、編集をしています。テーマを伝えたいのなら「ここは切るよね」っていうシーンがいっぱいあるんです。猫とか(笑)。むしろそっちがメインなんですよ。テーマめいたものはそこはかとなく見えてくるけど、むしろ僕はそこで生活している人たちの時間や顔を撮りたいと思っていて。だから、SNSでの普段の言論活動とはまったく違う筋肉を使うんです(笑)。言葉には還元できない、非常に複雑で、相互に矛盾するようなことでも共存させられるのが、映画という手法。そこが一番面白いですよね。

 

 

 

 

 

「映画」を疑う

 

 

 

深田 自分がどういう映画を作りたいか、あるいは映画の豊かさって何だろうということを考えると、いろいろと悩むわけです。「3.11以後」であることもどこか遠く絡んでいると思うんですけど。僕が大好きな小説家で富岡多恵子という方がいて、もう80歳を超えるぐらいの作家なんですけど、その方が「新しい表現の出現には旧き良き豊穣さを捨てていかないといけない」という意味のことをおっしゃっているんですね。それを僕は映画を作る上でも常に意識しなくてはいけないと思っていて。映画の歴史は、プロパガンダの歴史であるということを、私たちはどこかで意識しながら映画と向き合わなければいけない。映画の快楽は、プロパガンダにとても向いているんですよ。百万人の意識を一気に惹きつけることができるメディアなんです。想田さんも同様のことをおっしゃっていましたが、「感情のプロパガンダ」にこそ作り手は慎重に距離を取らなくてはいけない。だから僕が心がけるのは、観る人それぞれで見え方が違う映画が作れないだろうか、ということです。共存できないABが、それでも共存しなきゃ成り立たないのが世界というものですから。そう考えていくと、たやすく共感できるカタルシスというものは、僕にとっては捨てていかなきゃいけない過去の快楽なんじゃないかと思う。想田さんの観察映画も、マイケル・ムーア的なカタルシスからはとても遠いですよね。

 

 

 

想田 彼は活動家ですからね。活動家が映画を撮っている。

 

 

 

深田 彼にとっては、映画はメガホンなんだろうなと思います。自分の声をより大きくするための装置。でも映画はメガホンよりももっと豊かなものじゃないかと僕は思う。

 

 

 

想田 「感情のプロパガンダ」という言葉を僕が使ったのは、『永遠の0』を批評した時だと思います。音楽なりカメラなりストーリーなりキャラクターなり、観客の感情をゴーッ!と持っていくためのあらゆる装置を駆使していた。映像というものがずっとプロパガンダに使われてきたのだということを、改めて実感しました。ファシズムが生まれた背景には、映像が発明されたことがあるんじゃないかという言葉もあるんです。リーフェンシュタールがナチスのプロパガンダ映画を作ったりしましたけど、そうでなければ、あれほど多くの人間が同じ方向を向くことはなかったんじゃないかと。

 

9.11の時、まさにそれが起きたんです。ワールドトレードセンターに、二つの飛行機が突っ込んで、崩れ落ちる。これを全世界の人がリアルタイムで目撃してしまったわけです。あの映像が、人々の感情を完全に虜にして、動かしてしまった。あの時NYにいて違和感があったのは、例えばジョージア州の人たちも、我々と同じように怒り狂っていたんですよ。決して直には見ていないはずなのに。でも、映像で観てるんですよね。本来ならありえないことです。映像というものがなかったら、世界中の人たちが同時に同じ体験をすることはない。NYから離れれば離れるほど、当事者性は減じていくはずですよね。でもあの時はみんなが当事者になってしまった。すごく変な気持ちでした。遠く離れた人たちが、当事者のように叫んでいる。それが今のカオスの原因ですよね。

 

 

 

深田 その状況はおそらくここ数年進行していて、特に挙げるべきはSNSですよね。

 

 

 

想田 みんなそれに動かされちゃうんですよね。シリア空爆も、当初オバマは躊躇していたんですよ。アメリカにはイラク戦争以降、厭戦気分が広がっていたので。それを懸念したオバマは、一度、断念するんですよね。でもあの後、ISに人質が首を来られる映像があったでしょう。あれ以降「やっぱり攻撃しなきゃいけない」という世論が沸き起こって、それでアメリカはシリア空爆に踏み切ったわけです。映像なんです、やっぱり。映像がプロパガンダとして機能して、国を、世界を動かしてしまった。

 

 

 

深田 現代の映画作家は、そこに自覚的にならざるを得ないし、そうでなければいけないと思います。僕たちは生まれながらに映画監督だったわけじゃなくて、生まれて、生きてきて、いろんな縁があって映画作りを選択している。けど、人は生まれながらにして政治的な存在であると言えるわけだから。発言する権利は誰でも持ってる。

 

 

 

想田 みんな持ってます。学校の先生も、八百屋のおじさんも。

 

 

 

深田 だから「僕はノンポリとして映画を撮っているから、僕の映画は全然政治的じゃないですよ」というのは本来ありえないと思うんです。……脱線するかもしれないですけど、最近、戦争映画ってすごく難しいなと思うんですね。特に思ったのはクリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』。イーストウッドは信奉者が多いし、僕も信奉者の一人なので、あれを観て複雑な気持ちになりました。この映画がめちゃくちゃ面白い、ということをどう捉えたらいいんだろうと。決して好戦的な映画ではなく、その後の主人公のPTSDも描いていて、戦争に対してある種の距離感を撮っている映画なんですよね。それでもなお、主人公が敵方のスナイパーを撃ち落とした瞬間「やった!」と思ってしまって、ゾッとしたんです。どんなに思想的に反戦意識があっても、映画で戦争が描かれると、自動的に映画の快楽に巻き込まれて、戦争の場面が娯楽として消費されてしまう。

 

 

 

篠崎 僕は逆に、あのショットで若干引いてしまいました。あの瞬間だけスローモーションなんですよね。あれには違和感を覚えました。単なるテクニックの問題ではないです。あそこであんな風にスローモーションを使うことはこれまでのイーストウッドは絶対にやらなかった。それこそ、プロパガンダ的な何かに見えかねない瞬間でした。その後の砂嵐に紛れて主人公の姿が朧気になる瞬間は、きわめてイーストウッド的な瞬間でしたが…。あと、もう一か所、いかにもハリウッド映画的な音楽が高鳴る瞬間にも…。ああいう違和感を覚えたのは、イーストウッドの作品で、初めてかもしれません。

 

 

 

想田 僕は、終わりの音楽に違和感がありました。棺の映像の上に流れている音楽は、まさにアメリカ映画の英雄譚の系譜じゃないですか。クリシェというか、紋切り型の音楽ですよね。

 

 

 

深田 これも賛否あるんですけど、宮崎駿の『風立ちぬ』も賛否が大きく分かれましたよね。ゼロ戦を作る主人公、という時点でかなりの批判があったようだし、あそこまで彼を無邪気に描くのはどうだろうかと僕も思ってしまったけれど、でも、如何様にも戦闘シーンを描けるはずの宮崎駿が、ゼロ戦が戦う場面をすっ飛ばしてしまっているわけです。もしかしたら、今戦争を描くには、あれしかないんじゃないか。というような気さえしました。

 

 

 

篠崎 諸刃の剣だと思う。今、映画を語る上でよく見かける言葉って「泣けた!」なんですよね。学生と話していても、彼らが「いい」と言う映画は大抵「わかるもの」か「共感できるもの」「泣けるもの」なんですよ。この世界にはわからないことがいっぱいあるし、わからないものにとことん付き合うことこそが面白いのに。共感して泣くのはいいけど、泣いたその先を考えなくちゃいけない。カタルシスがあってもいい。けど、それで終わっちゃだめなんです。問題はその先にある。

 

 

 

深田 わかります。「疑う」っていうことですよね。

 

 

 

篠崎 そう。「共感できる、できない」だけで映画を観たら、本当につまらないですもんね。感じのいい人、付き合いやすい人しか映画に出てこなくなっちゃうじゃないですか(笑)。自分が経験してきたこと、わかることしか良しとしない。自分の考えの外にあることはすべてシャットアウトする。そのことが、不寛容を生むんですよね。自分の理解を超えたものに出会い、時には自分のちっぽけな価値観が根こそぎ粉砕される。それを見たことで、自分が決定的な変容を迫られる。映画ってそうものとして有効だし必要だと思います。

 

 

 

想田 そうですね。その一方で、映画って、儀式性が強いですよね。当然わかっていることを、みんなで一緒に見て「そうだよね!」って確認するのが儀式じゃないですか。「みんな今悲しいよね!」を確認するのが葬式だし、「うれしいね!」「よかったね!」を確認するのが結婚式。そして映画は、儀式性が強くなればなるほど売れるんです。「泣けた!」「感動した!」というのは儀式であることの表れなんですよ。こうした儀式というのは、人類学的にも古代から連綿とあるものだし、おそらく人類にとって必要なものじゃないかと思う。そしてかなり多くの人が、この儀式が好きなんです。「そうなんだよ悲しいんだよ!」「うれしいんだよ!」っていうのが、人間にとってはファンダメンタルな欲求なひとつ。だから否定はできないけど、でもそれが過剰に使われていくと、プロパガンダになっていく恐れがある。儀式性が強まるほど、解釈の多様性は消えていくんです。

 

 

 

深田 社会問題を扱うにしても、そこで迫害される主人公が可愛い女の子だと、共感しやすいんですよ。『おしん』みたいに「彼女が悲惨な目に遭うなんて許せない!」っていうところで感情移入できるけど、でも現実はそんなに綺麗じゃないわけです。いかに「共感できないかもしれない他者」と共存していくか。それが私たちが今立たされている現実なんですよ。僕が『歓待』でやろうとしたのは、私たちが異邦人を迎える態度はどうあるべきか、というジャック・デリタの哲学的な思考実験でした。名前も聞いてはいけない。どこから来たかも聞いてはいけない。それを聞くことから、差別と排除が始まるのだという。映画を作る時に「排除される可哀想な弱者」を弱く美しい俳優に演じさせた時点で、すでに差別や排除は始まっているんだと思うんです。……ということを突き詰めていくと、どんどんつまらない映画になっていくんですけど(笑)。

 

 

 

想田 いや。つまらなくないですよ。

 

 

 

深田 でも、共感しづらいしカタルシスも少ない。客も入りづらい(笑)。だけど、私たちがこれまで享受してきた快楽から離れなければ、新しいものは生まれないのかもしれない。というところにこれからの映画は立脚している気がしますね。(2016/02/26

 


 

 

 

 

黒沢清(映画監督、東京芸術大学大学院教授)

 

6月公開予定の映画『クリーピー 偽りの隣人』の他、オール・フランス・ロケ、フランス人スタッフ、キャストによる新作『ダゲレオタイプの女』が今秋公開。

 

 

相田冬二(ライター、ノベライザー)

 

数々の雑誌、メディアに映画評を執筆。ノベライザーとしての最新作はガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』

 

 

篠崎誠(映画監督、立教大学現代心理学部教授)

 

映画『SHARING』監督。

 


 

以下に掲げる鼎談は、先日のテアトル新宿で行われた篠崎・黒沢清監督との対談ではなく、去る201634日に立教大学新座キャンパスで行われた映画上映とシンポジウム「311以後の映像表現 PART1」における篠崎・黒沢清・相田冬二による鼎談の採録です。上映されたのは99分の『SHARING アナザー・バージョン』であり、対談中の「ロングバージョン」は今回メインで上映中の「SHARING」であることを付記しておきます。

 

あらゆる映画体験は虚偽記憶である

  

篠崎 今日は黒沢さんの短編2本(『枠』と『記憶』)と『SHARING アナザー・バージョン』を見ていただきました。相田さんには本日上映した99分のアナザー・バージョンは完成直後に観ていただいて、後にロングバージョンも見ていただいているのですが、3本ご覧になっていかがですか。

  

相田 まず、素晴らしいカップリングでしたよね。『枠』『記憶』『SHARING』。『SHARING』という映画自体が、フレームを強く意識させる映画である。そして同時に記憶をめぐる映画である。もちろん黒沢さんの作品とは別個の作品なんですけれども、非常にリンクする、シェアリングしているものがあるなと。そして『SHARING』の中には「キヨシ」という人間が登場するわけですね。

 

黒沢 死んでましたけどね。

  

相田 亡霊のように、背後に漂ってるわけですね。「キヨシ」さんにまつわる作品が最初に2本上映されるという、この篠崎誠流の策略がすさまじいイベントだったなと。

 

篠崎 いや、いや、戦略じゃないです(笑)。画面にも一度だけ登場しますが、「清志」って書くんですけどね。最初にこの映画を黒沢さんに見ていただく前に「登場人物の一人の名前が……」って言うのを忘れてしまって、ものすごく汗をかきながら上映しました。僕はそれまで、男性の場合は、孝(たかし=『おかえり』)とか正志(まさし=『あれから』)とかシンプルでスッと耳に貼って来る名前の登場人物をずっと映画に出してきたのですが、ネタが尽きまして(笑)黒沢さんに怒られるかもしれないと思いながらもつい…。でも黒沢さん、先にご自分の映画に篠崎って名前の人物だしていますし、黒沢さんにとって立教の後輩にあたり、私にとっては先輩にあたる塩田明彦さんの名前を一文字だけ変えて、園田明彦(『奴らは今夜もやってきた』の主人公の名)なんて人物もだしていますし、そこはどうかご容赦願おうかと(笑)。劇中で一度出てくるんですが、漢字で書くと清志です。一応登場人物が全員水にまつわる名前にしてあるんですね。「水谷薫」とか「川島瑛子」「河本(こうもと)大輔」とか。そういうところからも「清志」ということにしました。

 

相田 アメリカ映画ならいざしらず、日本映画の場合、そんなに人の名前を大声で呼ぶことはあまりないですよね。呼んでいてもそんなに印象は残らない。でもこの映画は「キヨシー」「キヨシー」って呼びながら走っていくじゃないですか(笑)。「キヨシ」という固有名詞だけが非常に印象に残る奇っ怪な作品になっていたなと。

 

僕は今回、見せていただくのは4回目なんです。最初、このキャンパスでショートバージョンを見て、映画美学校でロングバージョンを見ました。一昨年(2014年11月)のフィルメックスではロングバージョンをもう一度見て。今日のショートバージョンは僕が最初に見たのとは若干違いました(*実は同じものです)。結論から言うと、今日見たものが、一番良かったんです。僕にとっては、最初に見たショートバージョンは非常に鋭利な感じがして、その鋭利さがとても良かった。ロングバージョンはそこがわかりよく、理知的になった感じがして、広がりは出たけど物足りなかった。今回は、最初見た時の衝動的で鋭利な感じよりはまろやかな感じというか。想像の余地を残しているけど、非常にまろやか。……てなことを言ってるこのこと自体が、虚偽記憶なんじゃないかなっていう気がするんですよ。どこかで何かを塗り替えてしまっている気がする。これからこの作品がどう上映されるかわからないけど、篠崎監督ご自身も2バージョンをどう呼ぼうか悩まれているということも含めて僕が思うのは、どっちがどうということではもはやないですよね。逆に言うと、どっちから先に見るか。僕はたまたま(99分の)ショート(=アナザー・バージョン)から見たから、今みたいな感想になっているわけです。すべての映画は虚偽記憶だと思うんですけれども、そういう本質を突く映画なので、どちらを先に見るかっていうことが大事なんだろうなと。両方見ることを前提に話していますけど(笑)。だから、右脳と左脳みたいな感じがします。僕にとってはアナザー・バージョン(99分版)が右脳でロングバージョン(111分版)が左脳。互いから観たら見え方が違い、相対による『SHARING』という映画体験がその人にとって変わっていく。どちらが正しいとかわかりやすいとかそういうことではない、という映画を作られたなあという感じがします。

黒沢監督の作品はようやく見られてうれしい機会でした。『枠』にも驚きましたけど、『記憶』にはさらに驚かされたというか。僕ら観客の悪い癖なんですけど、「黒沢清とはこういう監督だ」――これはどんな映画監督についてもそうなんですけど――、と思ってしまって安心した上で何か見て、「黒沢清らしさ」、まさに虚偽記憶だと思うんですけど、そういうものをあてにして、そこに出会いに行こうとするけど、「全然私は黒沢さんのことを知りませんでした」という感じが、『枠』もそうですけど『記憶』はさらにあって。私は誰? 今はいつ? 私は今誰の映画を観てるの?っていうところに連れて行かれたという意味では、結構言葉を失うというか。こういうことが映画の原初的体験だったと思います。『SHARING』は4回見ているのであれですけど、『枠』と『記憶』について語れることは、これが精一杯な気がしています(笑)。

 

篠崎 僕も去年(2015年)藝大で16ミリフィルム版の『枠』と『記憶』を見て、打ちのめされました。ちょうど同じ時期にシネマヴェーラで黒沢さんの特集をやっていて、その2本が入ってなかったんです。「なぜあれをやらないんですか!」というところから始まって、打ち上げの席上でも「絶対藝大の外でも上映しましょうよ」と口説きまして、今回の上映が実現しました。両方とも素晴らしかったですが、相田さんのおっしゃる通り、特に『記憶』は見ていて、どこまでが現実で、これはいったい誰の過去で、誰の夢で、っていうのが、4回見ても全然わからない。でも、わからないからつまらないのではなくて、途中からわからなくなることも含めて面白かったです。自分の足元が揺らぐ感じ。高校の時に初めて鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を見た時の感触に近かった。その後も見るたびに動揺してしまうんです。まさに虚偽記憶。それだけを狙って今回の上映を組んだわけではないですが、『記憶』という題名ですが、それがもはや誰の記憶かもわからない。あの映画の中で最も印象に残った台詞は「前を向くことと過去を見ないってことは違う」というものでした。黒沢さんの映画には通奏低音のように「変えられない過去」あるいは「自分が関知していない過去」「見てみないフリをしてきた過去」にどう決着をつけるのか。償うことができるのかっていうことが描かれますね。例えば『リアル~完全なる首長竜の日~』の中に、建設途中で終わってしまった廃墟の遊園地が出てくるんですが、成人した子ども、かつて建設当時は子供だった主人公に向かって「お前らだって、大人たちが何をしていたかわかってただろ」って問いかけますよね? さきほど責任って話が出ましたが、子供だからと言ってその責任を免れない。まだうまく言葉になりきらないけど、黒沢さんの映画を見ると「見てみないふりをする」「見なかったことにする」「なかったことにする」っていうことに対する…憤りが、黒沢さんの書かれた台詞やシチュエーションの中からぽそっと浮かびあがってきます。『叫』はまさにそれが重要な主題のひとつでしたし。それは単に作家としての個性だとかいうことではなくて、何か、黒沢さんが世界を切り取る眼差しの中に、そういう「見てみないふりをする」ことに対する憤り、罪の意識、贖罪のテーマがのっぴきならないものとしてある気がしています。黒沢さんも、ご自身の『枠』と『記憶』を観るのは完成以来ですか。

 

黒沢 そうですね。門外不出というか、篠崎がどうしてもやりたいというから「ま、いいか」と思って今日も見てましたけど「あーやるんじゃなかった」と後悔しています。見ておわかりかと思うんですけど、あれは東京藝大で学生の実習のためにやや無理やり作ったものです。脚本も学生が書いた脚本。これどういうことなのかなあ、わけわかんないなあと思いながら、でも「脚本のわけがわからなくても監督は平然と撮るんだよ」というのを(学生たちに)見せなきゃいけないので、平然と撮っていたという感じで。不思議なもので、自分で脚本を書いていないこともあって、どんな話かまったく覚えてなかったです。どんなカットを撮ったかはなんとなく覚えてるけど、全体の物語はまったく忘れてましたね。まったくもって、わからないですよね。でも人に見せるために撮るんじゃないからいいや!と思って当時やってたんだと思います。本当に困りました。なんであんなものを撮ったのか。学生があんなふうに書くから撮っただけですね、本当に(*『枠』『記憶』の2本の短編は、純粋に藝大の授業の一環で撮られたもので、商業公開はおろか、藝大の外で上映されることも考えられていなかった)。

 

それはまあ、今日の前座のようなもので、本命は『SHARING』ですよね。僕は、バージョン違いがあるということすらあまりよく知らなかったけど、前に見たのは〇〇〇で、〇〇が〇〇してましたよね(*映画の重要な場面に触れるので伏せます)。あれがないんだ、っていうところからしても、違うバージョンなのだとわかったんですけど。面白いと思います。とても面白いですが、海外の人はどう観たんだろうというのは興味があるんですけど。日本人が観ると、あまりにあの事件、出来事、事故がまだ生々しい記憶として残っているので、フィクションとして楽しんでいいものやらどうやら、ちょっと困るというところはあると思います。僕も以前見た時も思ったし、今日も思ったんですけど、とってもハラハラドキドキ、謎解き風に、とてもよくできたミステリーであり、スリラーと言っていいのか、不思議な物語ですよね。大きな事故とか、ある種の災害の後、それに関係した人、あるいは関係してなくても何か大きくショックを受けた人たちの間に、不可思議な現象が次々起こっていく。イーストウッドもやってましたね?

 

篠崎 『ヒア・アフター』ですか?

 

黒沢 『ヒア・アフター』。そういうミステリーとして、とてもスリリングだなあと思うんですが、現実に近いところで起こった事件だけに、これ楽しんじゃいけないんじゃないのという、日本人ぽい気持ちもあったりして。でも、さきほどかかった111分のロング・バージョンの予告編の音楽はどう見ても(映画として)「楽しめ」っていう音楽だし、完全にそっち系に振ってましたよね。もっと楽しみたいんだけど、あと何年かしないと日本人は、素直に楽しめないよね、っていうのを投げかけてくる篠崎は怖い。という気がしましたけれども。海外の方だったらもう少し素直に、まじめに見つつ楽しめたのかなと思いました。9.11の後も、そう年月をおかず、それを題材にした映画が次々作られていましたよね。そのへん、海外の人は意外とドライで、実際に起きたことを真面目に扱いつつ、エンターテイメントになっているという映画を、海外の人はわりと平気で作るけど、日本人はまだまだ慣れていない。どう見ていいかちょっと戸惑ったというところはありました。

 

相田 篠崎監督的には、どうですか。大学で作られた作品という事情もあって、劇場公開まで時間がかかったじゃないですか。その間、2つのバージョンを作ったのみならず、それぞれが微細な違いのバージョンも存在して。そもそもふたつに引き裂かれたバージョンは、印象が相当違うわけで。そういう映画がないわけではないけど、作家ですからよりよいもの、より深い可能性を求めるのは当然としても、2つのバージョンが最初から存在しているのは珍しい形だと思うんですね。公開まで時間があったということが、逆に言えば、さっき黒沢さんがおっしゃったことから言えば、観客にとってのある種の落ち着きになるし、もうすぐあれから5年、制作からもちょっと時間が経っているけれども、そのことが何らかの落ち着きになり、受け取る側の広がりにもなる。一方で作家は、微修正や多義的な方向に映画を開いていこうとする。その可能性があったので、良かったのかなと思うんですけど、監督にずっとお聞きしたかったのは、2つになってしまったということと、3.11を題材にしたことが2つに引き裂かれた要因になっていますか。

 

篠崎 うーん(かなり長い間、考える)。なってるような気がするんですよね。まだ言葉になりきれないですが、相田さんのご指摘通りだと思います。違う題材だったらこうはならなかったでしょうね。さきほど黒沢さんも面白いけども、戸惑いがあるとおしゃってくださいましたが、僕自身の中にも逡巡と戸惑いがあります。最初に初稿を書いた時はなかったラストが、2稿目を書いた時に生まれてしまったんですね。よく作家の方が勝手に筆が動いてなんておっしゃるけれども、そんな感じでふとワープロで書きつけてしまったんです。『あれから』の時も、震災の翌年2012年に撮りましたが、あの日のいろんな実感がすでに自分から抜け落ちつつあった。計画停電で街が異様に暗かったこととか、電車に乗っても暖房も冷房も効いてなかったこと。自動販売機で水を買おうとしても、どこも売りきれでいて、頭では覚えているんですが、肌で感じた実感が、わずか1年足らずで薄らいでいたんです。『SHARING』を実際に撮ったのは2014年ですが、脚本を書いたのは2013年の秋です。震災の2年後です。テレビの中では3.11の特集番組が、自分が思ったより少なかったんです。一方で、脚本を書いている時に例の「アンダーザコントロール」発言があって、映画と直接関係無いところで憤りを感じていたこともありますし。最近自分の中でますます現実と映画を切り離せなくなっているところがあるんです。たぶんいろいろもやもやした思いが、いまだにあって、それでこういう形(2つのバージョンに分裂したこと)になっちゃったんでしょうね。いろんな偶然が重なって、大学側に一度提出しなくてはいけない締切もあって、タイムリミットが迫る中で試行錯誤していくうち、編集者の和泉君が「実は三番目の男を全部切ってしまったんですが、一度見てもらえますか?」と。脚本を書きだす前に、一番最初に考えていた時は年齢の違う女性二人の話でした。共同脚本の酒井君ともいろいろ話して、なんとかもう一人、そこに入れられないかと。でもなかなかうまくいかなかったです。ところが実際、書き始めたら、これだとあまりにも綺麗に収まりすぎる気がして、ふっと3人目の登場人物を書いてしまったんですね。それで脚本ができたんです。なぜ、この第三の男を登場させてしまったのかいまだに整理できてないところが正直あります。

  

死者は生きている

 

(以下、映画の後半部の重要なシーンに触れることになるので、映画をご覧になっていない方はこの章は飛ばしてください。)

  

黒沢 愚問してもいいですか。今日見たラスト、電車の中の、子供を連れた女性のあれってどういう……

 

篠崎 なんであんなに驚いてるのか、とか。

 

黒沢 そうですね。あの驚きは、ほとんど生きた人を見ていないですよね。

 

篠崎 そうです、そうです。まさにそのリアクション。

  

黒沢 てことは、その解釈でいいんですかね。

  

篠崎 あれは実は親子じゃなくて、ほんとはおばさんなんです。もう少し年齢設定上で考えていました。津波で死んだ人のお姉さんかおばさんっていう。

  

黒沢 子供は生きていて、お母さんの方は死んでしまったと。で、彼女が、……そういうことですね。

  

篠崎 亡くなった義理の姪なのか妹なのか、そっくりな人がいた。仰天して思わず降りちゃう。なおかつ、シナリオの設定ではあの電車の少女と女性は親子ではないのですが、演じていた二人が実は本当の親子なものですから(笑)。でもそれは、見る人の中に違和として残ってくれたらいいのかなあと。

  

黒沢 とても「えっ」っていうオチというか。薄々わかっていたけど、誰が生きていて誰が死んでいるという区別がもともとないんだという。

  

相田 それは黒沢さんの映画じゃないですか(笑)。

  

黒沢 そういう映画じゃないですか。だって、彼女(薫)は死んでたってことですよね。

  

篠崎 いや、いや、それは違います。薫は生きているんだけど、彼女に良く似た女性が亡くなっているんです。

 

黒沢 えー死んでたんじゃないの……。こういう経験したって演劇の中で言ってるけど、ほんとに経験してるんですよね、彼女は。

  

篠崎 いや、ですから彼女に良く似た女性の経験が夢の回路を通じて薫に伝わった、と。

  

相田 死んだ人が演じてた、っていうふうにも観られるわけですね、この映画は。

  

篠崎 たしかに。それはそれで面白いですね(笑)乗りうつったということではないけど、ひとつの可能性としてそれもアリです。

  

黒沢 それにしてはどうなってんだって思うわけですけど。だってあの驚きようは。幽霊を見た驚きようですよね。

  

篠崎 でも彼女は、設定上は死んではいないんです。

  

相田 でもあの叔母さんは、ドッペルゲンガーを見ている。

  

篠崎 そうなんです、僕が今ふと思い出したのは、青木富夫さんのことです。『突貫小僧』という名前で、小津安二郎さんの戦前の映画からずっと出られていた方で、その後、戦争に行って、ペリリュー島で命からがら逃げてきたという方なんですけど、『忘れられぬ人々』に出ていただいたという経緯があって。

 

青木さんご自身は10年以上前に亡くなっているんですが、ある日、豪徳寺駅の近くで青木さんとそっくりの人を見かけたんです、お兄さんなのかなって言うくらいに、すごく似てて、姿勢から歩く格好、着てる服、襟元におしゃれなタイをしてるところまで。頭の中ではまったく別人だとわかるんですよ。「あれは青木さんじゃない」と。赤の他人だとわかっていても、ほんとに青木さんがいるような感じで、フーっと駅から出て雑踏に消えていくのを、ずっと動けないまま棒立ちで見送ったんです。泣きそうになりながら。その時の光景が分身のテーマとして『SHARING』に生きているかどうかはわからないですが、そんなことが確かにありました。

 

テロリストは実在した

 

相田 『黒沢清、21世紀の映画を語る』という、黒沢さんが講演されたものをまとめた本があるんですよ。あの中で、脚本とは何なんだという話をしておられるんですね。脚本家は、資本家たち、つまりお金を出す人たち人たちに対する企画書というか、念書、約束手形みたいなもので。それは本当に必要なのかということをお話されている。黒沢さんはご自身で脚本を書くから、ご自身で書いた脚本を撮影しているわけですね。現場で「変えたい」と思ってスタッフに言うけど「脚本に書かれてますから」って反論されることに憤る自分がいると。怒鳴りはしないけれどもそういう気持ちになると。なので、撮影現場で物語、台詞、シーンが変わっちゃいけないんだということをおっしゃっていた。脚本がなければ映画にならないわけではないけれど、今は脚本、撮影、編集というシステムになっている。本当は、おかしな話ではないかと。

  

黒沢 誤解を受けそうなので。そう書きましたけど、続きがあるというか。こういう文脈です。映画の初期っていろいろ言われているけど、例えば喜劇俳優のチャールズ・チャップリンは自分で演じて適当に撮って、演じてる本人が「こんなことやるからこう撮ってくれ」って、やらせていた。もちろん脚本もそう必要ではなかったし、もっと要らないのは監督です。資本家たちがいちいち撮影現場に行くのは面倒くさいから、「金は出すけどこの映画をこういうふうに撮るから、お前その通りに撮ってこいよ」「わかりました」といって、みんなを説得して、その通りに撮ってくる、つまり監督自身がその手先だった。だから監督こそ要らない。という文脈の中で「脚本も要らない」と言ったんです。監督が重要で脚本は要らないと言ったわけでは全然ないです。監督が、一番要らない。ほんとはね。そうするとなかなかシステムがうまくいかないので、俳優やスタッフを動かす人間が一人要るだろうということで、監督が必要とされるようになったということですね。

 

相田 僕はもともと、作っていく上で映画が枝分かれしてはいけないのだと思っていたんです。でもそれはそれでいいんじゃないか。脚本の出発点にとらわれる必要はないんじゃないかと今は思う。昨日、根岸吉太郎監督にお話を聞いたんですね。あの監督はご自身では書かれずに、荒井晴彦や田中陽造とお仕事されているので、脚本にどう向き合うかを質問したところ、自分は脚本に向き合っているわけではないとおっしゃるんです。脚本というものは、撮影の過程で生成されていく。編集の過程でさえ同様です。常に脚本は完成していないし、常に生成されていくものだとおっしゃった。なるほど、と。映画は双子が生まれることはあまりないけど、でもそれは1つのあり方として、あってもいいんだと。そういう子供が生まれちゃっても構わない。何か1つ、企画意図にそって完成しました、っていうことではないはずで、しかもことさらこの作品は「1つの観方をしてください」っていう提示の映画でもないですからね。観客によって全然捉え方は違うと思うので、すごくいろんな納得がありました。

 

篠崎 3.11を題材にした映画は、これまでたくさん作られてきていますね。観客としても作り手としても、自分の中で常に戸惑いというのがいまだにあり続けています。黒沢さんは、9.11の時にトロントにおられましたね。その時点で実は『アカルイミライ』のシナリオを準備されていて、9.11の前の時点で、浅野忠信さんの設定は「テロリスト」だったと聞きました。それはどのような変遷があったのですか。

 

黒沢 どうだったかな……

  

篠崎 プロデューサーサイドから指示があったわけでは、……

  

黒沢 いやいやいや。自分の決断ですよ。具体的には忘れちゃったけど、テロリストとは何であるか、というのをほとんど知らず、ごく抽象的な感じで、浅野さんの設定を「テロリストっぽい感じ」というふうに考えて脚本を作っていました。その時に同時多発テロがあって「テロリストってほんとにいたんだ……」と。昔からいるわけですが、こんな形で実在するんだというのを強烈に感じまして。迂闊にフィクションの抽象的な役柄として「テロリスト」なんてつけちゃほんとにいけなかったと大いに反省しまして。それで、いわゆる「テロリスト」なんていう名前はもうやめて、もう少し違う人物として浅野忠信を作っていった気がしますね。

 

相田 抽象性が失われてしまったということなんですかね。「ギャング」って言葉は抽象的だと思うんですね。マフィアとかやくざとかってなると、もう少しリアリティが増すんですけど。でも「ギャング」っていう共有概念がなんとなくあるじゃないですか。でもテロリストも、かつてはそういう単語でしたよね。それが、9.11で様相が変わった。

  

黒沢 個人的な価値観もあると思うけど、僕の中で完全に抽象的な職業として確立しているのは「刑事」なんです。本当の刑事さんはいろいろな方がおられるのは知っていますが、どうでもいい。映画の中では「刑事」はいろいろに使えるわけです。正直言いまして……口頭で言いづらいな、「テロリスト」という言葉には、正直、僕らの世代では、いいイメージの方が強いです。「いい」っていうと語弊があるけど、世の中の価値観に対してNOと唱えて、過激だし迷惑はかかるけど、何かを一途に押し通そうとしている、なかなかカッコいい人というイメージが、なぜかあります。「テロリストというのはカッコいいものだ」というのは70年代ぐらいにあったんですね。ただそれがだんだん薄れてきて、こいつらは――って言っちゃうとあれですけど――、実際実行力は持たない人たちなのだと。ちょっと一部迷惑は被るんだけど、ほとんど社会に何の影響も及ぼさない、はっきり言ってどうでもいい人たちだったのかもしれないという思いが90年代ぐらいからありました。もっと言うと、ベルリンの壁崩壊とか、ソ連がなくなったとか、いろいろあるんですけどね、ほとんど何の意味もないようになってきたのが――僕の中でですよ、あくまで――90年代から2000年あたりで、形骸化して古びてしまった何の役にも立ってない「テロリスト」をイメージした役を作ろうと思っていたところだったんです。ところが、あの日テロリストがものすごいことをしたわけです。ああ、すごいことをするんだ、っていう。本人たちがどう思っているかは知らないけれど、僕が想定していたものとは全く違った種類の、世界ではテロリストと呼ばれる人たちがこれだけいて、こんな力を持っているのだというのをまざまざと知ったという感じですかね。そこから変わったというのはあります。

 

相田 実体化してしまった。っていうことですね。ある種。

  

黒沢 そうですね。実体化もしましたし、こう思いました。そういう人は実は歴然と、何十年も前からいたのに、日本はバブルなどを経て、全然それと関係なく、経済発展のようなところで、そういうものをまったく見ようとしなかった。ほんとは、いたわけです。世界でそういう状況があったにも関わらず、日本……だけでないのかもしれませんが、先進諸国の幾つかは、そういうものをまったく見ずに、自分たちの周りだけを見て「これが世界だ」と思い込んでいた。ということに気付かされたというところですね。……ハードな話してますね。

 

篠崎 いいじゃないですか。

  

相田 形骸化させていたのは我々。彼らが思想家に成り下がっていたわけではなくて。

  

黒沢 そう。自分なんです。

 

阪神淡路大震災以後と東日本大震災以後

 

相田 1995年に阪神淡路大震災がありましたね。あの時に、壊れた高速道路とか、物が壊れるとはどういうことかをまざまざと見たわけです。鉄骨がむきだしになって。僕はすごくあの時、具体を見せられたという感覚があった。日本全国の人が、一挙に具体を見たという感じがしたんです。ちょうど同じ頃に、あるシリーズの特撮監督の人に話を聞く機会があって、「ああいうものが映っちゃったら、やりにくくないですか」と僕は聞いたんです。それでもああいうリアリズムに対して、あれを踏襲したものをこれから作るのか、あるいは、それに打ち勝つ想像力の高い「破壊されたもの」を見せていくんですかという問いをしたら絶句されたんです。肯定でも否定でもなかった。てことはどういうことかな、ってあの時非常に思ったんですね。映画って何なんだろうと。僕からすると――失礼な言い方ですけど――ゴジラの頃から特撮の――技術は上がっているかもしれないけれど、物が壊れたという描写能力は変わっていないというか。「映画の中でものが壊れるのはこれくらいでいいんだ」っていうようなところにとどまっているような気がするんですね。でもあれだけのことが起きて、みんなが見ちゃったらどうなんだろうと聞きたかったんですけど絶句された。それとこれとは別なのかな、と当時思ったんです。その後に9.11が起きて、あの破壊映像ってすごいじゃないですか。あれを世界中の人が見た時に、映画がなくなるんじゃないかと思ったんですね。少なくともジェームズ・キャメロンが撮った『トゥルーライズ』みたいな映画は作られなくなる。なぜならもっとすごいものを見ちゃったから。って思ってたんですけど、その後わりとけろっと復活して、それこそもっとすごいものを向こうは撮るようになったんですね。その立ち直りたるや。ただ、3.11はそういうこととは様相が違うというか。何か違うところで、知らなかったものを知ってしまう。あるいは、知ってしまったことを知らないふりはできない。というのが非常にある気がして。ひょっとすると日本だけの問題なのかもしれないけど、非常に厄介な、フィクションをフィクションとして成立させづらい――テロリストを用意に出せないというのとちょっと近いと思うんですけど――そのせめぎあいみたいなもの――せめぎあいでもないですよね、「どうしたらいいんだろう」というのがありながら――『SHARING』もその中から出てきたわけですけど、でも、やっちゃうのだと。フィクションの領域でやるんだと。そこで語られている切実さは本当のことなので、それを、映画という形でいかに変換できるのか。ドキュメンタリーやってればそれでいいのか。そんなはずはないわけで。フィクションの側からどうやったらいいのかっていうところだと思うんですけど。

 

黒沢さんにお聞きしたいのは、3.11が具体的なり抽象的なり、影響はありますか。

 

黒沢 僕はあの時もちょうど海外にいて、東京にいなかったので、東京がどれくらい揺れたかは経験していないんですね。僕は、作品で扱うのはなかなか難しいなあという思いが強いですね。……こんな話していいのかな、あくまで個人的な意見ですけど。今回の篠崎の映画でも扱われているわけですが、めんどくさいというか、2つのことが同時に起きているんですね。1つは津波ですよね。これは大変痛ましい災害です。でもそこへ、原発が絡んでくる。原発は、災害といって済む問題ではなくて当然なんですけど、「責任」という問題になってくるわけですよね。さっきのテロリストじゃないですけど、僕らは薄々わかってたっていうのがね。僕は、よくは知らなかったんですけど、薄々わかってたんです。あんなにあっけなくメルトダウンするんだ、っていうね。メルトダウンってそう簡単にしないんだよな、っていうか、メルトダウンなんて起こったら大変なことだなと思ってきたんだけど、ほっとくとメルトダウンするんですね原発って。本当に自分が愚かだと思いました。何かしたらメルトダウンするかもしれないけど、何かしないかぎりメルトダウンなんて起こさないと思っていたら、冷やし続けないかぎりあっという間にメルトダウンする。薄々わかってたんですけど、そこまででもないのかなあとか、曖昧にやり過ごしていたものを「いや、こんなに怖いですよ」とつきつけられた感じですね。誰の責任だっていうのはいろいろ言えるんですが、自分の責任でもあるわけです。全ての人の責任。薄々知っていながら放置していた。その、自分の責任をどうしたらいいんだろう、というところで、作品にするとかのレベルではないということですね今のところ。……ってほら、陰鬱な話はしたくなかったんですけど。

 

相田 黒沢さんは常に「自分は楽天的だ」という話をされますね。自分はハッピーエンドを撮っているつもりだと。「そうは受け取られないようだが」という注釈が付きますが。『回路』だと最後、船で逃げ出すというか、行くわけですよね。つまり「海の向こう」という概念があった。『大いなる幻影』も、「海の向こう」で何かが行われている。外の世界、外部、つまり「映画に映っているものはすべてではない」ということの明示だと思うんですが、そこが黒沢さんが描いている宇宙の重要な点だと思うんです。でもそういう概念、思念みたいなものが、3.11以後、影響を受けたりしませんか。楽天的でいられた世界の変容という言い方もできますし、小さくなってしまったという言い方もできると思うんですけど。黒沢さんの中では、どうですかねその、あくまでフィクションの話なんですけれども。

 

黒沢 いや、自分ではあんまりフィクションにどう影響しているか、していないかって考えたことはないですね。何か影響しているかもしれないけど、偶然なのか――これこそが「影響」なのかわかりませんが、3.11より前から企画していて、あれがあった直後に撮影したのが『贖罪』というドラマなんですね。それ以降、僕はほとんど、原作ものばかりやっています。オリジナルのストーリーはほとんどやっていない。短編とかではあるんですが。これは偶然かもしれませんが、自分で物語を作ることが怖くなっているのかもしれませんね。昔みたいに「海の向こうへ行けばどんなひどいことがあっても何か希望があるぞ」っていうような物語を、オリジナルで作れる自信がなくなってるかもしれません。

 

相田 『Seventh Code』は?

 

黒沢 ああ、それはそうですね。はい。

 

相田 あれは、あまり影響されずに撮れた感じですか。

 

黒沢 ……海の向こうで撮っちゃいましたからね。ウラジオストクというところで。これは僕の悪い癖というか、「その場所から離れて遠くへ行こう」というところで終わるんですけど、それはロシアでしたから、大平原の向こうへ去っていくんです。海じゃないっていうだけの違いですけども。あれはほら、映画だとあんまり思ってなかったですから。音楽プロモーション用に撮っているというのもありましたんで、深くストーリーについて考えたりはしませんでした。すみません。

 

相田 今日は非常に貴重なトークなんじゃないですかね(笑)。

 

映画監督こそ虚構の存在である

 

篠崎 それで言えば、「スパイ」はどうですか。日本における、職業の抽象度。

  

黒沢 実際出すのは難しいんですけど、かなりOKじゃないですか。実際のスパイの方をよく知らないですけど、難しいのは殺し屋。殺し屋は実際いるじゃないですか。それに近いことやる人。やくざ関係の人。殺し屋を日本でどこまで無責任に出していいかは迷うところですね。

  

相田 「探偵」は?

  

黒沢 どうでしょうね……いや、探偵はアリだと思いますよ。僕はあんまり出さない、刑事の方がやりやすいけど。探偵の抽象度は高いんじゃないですか。

 

相田 実体があるようでないような。実際すごいリアルにいるんですけど、でも映画の中だと、実体なく存在させられる感じというのがありますよね。

 

篠崎 探偵っていうとどうしても、チャンドラーのイメージがありますからね。日本で探偵っていうとあんまりピリッとこないですね。

 

黒沢 でもまあ、個人的な思い込みですよね。映画じゃ厳しいけど、他のメディアだと「映画監督」っていう類型があるじゃないですか。いまだにメガホン持って、サングラスして髭生やして「バカやろー!」って。

  

篠崎 さすがにメガホンは最近ないんじゃないですか(笑)。

 

黒沢 いや、他のメディアに行くと、映画監督って、何でもありの抽象的な存在なんだと思うんですよ。そんな人見たこと無いけどね。何でもありの職業のひとつなんでしょうね。

  

相田 他の人が夢を見やすい職業ですよね。夢を見ていいっていうことになってる。

  

黒沢 皆さんも映画監督はそうでもないと薄々わかっていつつ「まあ、楽しもうよ」という。ある種の凶暴なむちゃくちゃする人っていう感じで出てきてますよね。

  

篠崎 海外だと、映画祭に行くと、特にフランスなんかだと、この前、黒沢さん、フランスで映画お撮りになったわけですが(*『ダゲレオタイプの女』)、映画監督というとそれなりの敬意を払われますよね。でも日本だと、同情の眼差しで「映画監督? どうやって生活しているんですか」ってまず心配されます(笑)

 

3.11に話を戻すと、あのことに影響を受けていない日本人はいないと思うんです。それを、どういう形で作るものに反映させるか、させないかというのはまた別の話だと思うんです。それで、さきほど、阪神淡路大震災の話が出ましたが、黒沢さんは神戸出身ですよね。人づてに聞いたら、ご両親の様子がわからないので、それこそ車も電車も動いてない状況下で、会いに行かれたと。

  

黒沢 そんな話しますかね。かいつまんで言うと、その頃はまだ携帯電話とかが、今ほど普及していないので。高速がひっくり返っているあそこから、カメラを90度振ると、実家があるあたりが見えるんですね。そこがどうなってるか全くわからない。テレビ局に電話したりしました。ヘリで撮影してる人がいるから、その人に聞いてくれと。左の方向を向いたらどうなってるのか。「いやわからないですよ」ってイライラしたんですけど。結局無事で、震災後5日後ぐらいですかね、電車で行ける駅までいって、そこから3~4時間歩きましたかね。実家まで行きました。そこで、非常に局地的な地震であることがわかった。高速道路が倒れているところから、90度振ったら、まったく街は普通でした。揺れてものが落ちたりはしたけど、何も壊れず無事で。あるラインに沿って、そこだけ全部つぶれていて、ちょっと離れると全然平気。っていうふうに揺れが走ったんだなとわかりましたけどね。

  

篠崎 まだ傷跡も生々しい頃ですよね。

  

黒沢 すごかったですよ。マンションとかビルが全部斜めになって、電柱とか、全部壊れているけど、ある通り沿いにあるラインに沿って壊れているって言う感じで。一面全部というわけではない。テレビでよく映るところはすごく壊れていて、映っていないところは全然平気っていう感じだったですね。

 

篠崎 3.11の大きなことは津波と原発というお話がありましたが、阪神淡路大震災と、東日本大震災の決定的な違いは、やはり原発が大きいですか。

  

黒沢 僕にとっては、それはまあね、大きいっていうか、さっきも言いましたけど、そのことについて自分が無知だったということが本当に大きなショックでしたね。本当に恥ずかしい。一緒くたになっている分、余計、どうしていいやらっていうか。「被災した人たちが可哀想」という感情と、「なんでこんなものをずっと放置したんだ」という怒りが一緒くたになって、誰に向けたらいいかわからない。怒りをどこかに向けようとすると「可哀想な話」が出てきて、怒りが違う方向に向けられてしまう。すごく居心地の悪い感じが、いまだにしますけどね。

  

篠崎 『リアル~』で廃墟になった遊園地は、原作にはないですよね。なぜああいうエピソードを?

 

黒沢 そうねえ……

  

篠崎 あれは地震直後に見たせいもあるのかわからないけど、どうしても3.11を思い出さざるをえなくて。未来の、ある姿を見せられている気がちらっとしたんですが。

  

黒沢 まあ、そうですね。ああ、『リアル~』ね。『リアル~』はもろ影響……『贖罪』は地震の前から準備していたので、脚本とかは前からできてたんですけど、それ以降作ったのは『リアル~』ですね。原作はもちろんあるんだけれども、あれは影響を受けてるかもしれませんね。それを狙ったわけではないですが、実際の撮影で、一種の廃墟めいたところが脚本に書いてあって。僕の脚本にはよく出てくるので珍しいことではないんですけど、茨城県にすごいところがあるよっていうので行ったら、本当にすごかった。廃墟としてもすごいんですが、そこにさらに地震が加わって、すさまじく崩壊している場所があったんですね。これはすごいとこだ、と。わりとそこを見て、その様相がよりふくらんでいったというのはありました。それと、今まさに僕がしゃべったようなことに近い台詞を、劇中の人が言ったりしますよね。「薄々わかってただろうお前」「わかってたのに見てみぬふりしたよな」って。これはまさに、僕が言ったような感情というか、それがもろに反映された映画です。松重豊さんが言うのかな。それは確かに影響……まあ、原作にあったものではないですね。

 

フィクションの形でありえたかも知れないもうひとつの可能性を指し示す

  

相田 黒沢さんがよくおっしゃるのは、「過去をフラッシュバックで描かない」とおっしゃるじゃないですか。過去を、現在形で描きたいと。廃墟とはまさにそういうことですよね。時間が堆積されてそこにある。逆に言うと、放置していたっていうことですよね。先ほどから何度も出てくる「薄々感じてたけどわからなかった」っていうのは、意地悪な言い方すると「わかんないふりをしていた」。今日『SHARING』を観て一番の発見は「ただ……」って言う言葉が3回リフレインされるんですね。冒頭、「神さまはサディストだと思う」というやり取りの中で「ただ……」「ただ?」って山田キヌヲさんが聞き返す。そのちょっと後に、居酒屋で、山田さんが「ただ……」って言いかけたら、友人の河本が「ただ?」って聞き返す。あの「ただ……」が非常に重要だなと今回初めて思いました。人が「ただ?」って聞き直すというのは、すでに不吉なものを共有することを受容しているということ。「あなたはこれからネガティブなことを言ってもかまいませんよ」という表明なんですよね。僕の言葉では「共犯関係」というか。今はじめて聞くけれどもかまわないよ、という。3.11に関して僕らがうしろめたく思ったり嫌な感じがするのも、さっき篠崎さんが「阪神淡路と違う」と言われたのも、そこだと思うんですね。「ただ」を容認せざるを得ない共犯関係に私たちはある。それがなんとも言い切れないものになってるし、こっちが何かの立場に経つことができないというか。逆に言うと3.11以降、SNSで「何が正義か」が取りざたされるようになって、「どっちにつくか」がすごく激しくなって、むしろ言論が成立しなくなったと思うんですけど。でも、それも裏返しだと思うんですね。どっちにつくか、ということに極端に走りたくなるくらい、何かに知らない間に加担してしまっていた。今日の発見はそこでした。ちなみに「ただ」の3回目は、保健室で男の子が「ただ?」って聞くんですよね。普通のやり取りなんですけど、映画で見せられると不思議に映る。俺もやってるし、みんなやっている。そこからは逃げられないんだというね。人と人、あるいは人と世界がつきあっていくうえでは、避けきれないものだというのを、今思い出しました。

 

篠崎 言われるまで言語化できてなかったけど、編集のたびに「ただ?」を、切ろうと思っても切れなかったんですよね。僕も「なんでいちいち聞き返すんだろう」って思ったんですけど。言わせたのは自分なんですけど(笑)。

  

相田 あそこは、僕ら観客にとってはすごく大きな意味を持つと思います。ツーショットの中で行われている会話ではないので。わざわざそこでカットが切り替わるじゃないですか?

  

篠崎 おっしゃる通りです。たしかに………。(時間を気にして)もう結構いい時間なのかな。もう一個、相田さんに聞きたいことがあって。Facebookに『あまちゃん』について語っておられましたね。僕自身、相田さんが書かれたことを完全には咀嚼しきれなかったんですが、読んだ時に「あ」と思ったんです。改めてお聞きしたいのでうすが、相田さんはなぜあの震災後の描き方が違うと思ったのでしょう?

 

相田 宮藤官九郎という作家は評価していますし、『あまちゃん』は中盤ぐらいまで非常によかったんですね。日本の歌謡史みたいなものと、田舎の人たちの重ねあわせみたいなことを通して、カルチャーと地方史への批評性のあるドラマだったし、しかも朝ドラであれをやったのは非常に画期的だった。僕は当初「3.11がない世界を描くんじゃないかな」という期待をしていたんですね。なぜなら、そうでないと批評性が持続しないから。日本の歌謡史とドラマの融合というのが、震災を交えてしまうと、成立しなくなる。崩壊してしまう。それに「3.11がもしなかったら」というのは、ものすごい画期的なフィクションのあり方だと思ったんですね。逃げではなくて。未来のあり方として、そういう提示の仕方があってもいいんじゃないか。不謹慎だと怒られるかもしれないけれども。……と思っていたら、それがあっさり裏切られたんです。それは驚きだったけれども、描写自体は非常に失望の連続で。なぜかというと、地方という共同体に回帰していったから。地方の中の「個」を描いていたはずなのに、地方という共同体を描くドラマになっていった。大人計画を中心とした多彩なキャラクターたちが「個」の躍動によって成立していたはずのドラマが、安易に共同体のドラマになっていた。最後の1ヶ月ぐらいですかね。3.11以後を描く部分が、僕にとってはまるで別のドラマに思えてしまって。でもそれについておおっぴらに批判する人が、僕が知るかぎり全くいなくて。なぜならあのドラマはすごく愛されていたし、あそこで描かれるキャラクターはみんな愛されていたので、みんなそれを受容しようとするんですよね。僕のような期待をしていた人も、少なからずいたと思うんですよ。朝ドラファンだけが観ていたわけではないですから。アイドルを批評的に観ていた人たちもいっぱいいたと思うんだけど、そういう人たちも、すごく沈黙した感じがあって。それで僕は、いてもたってもいられなくて書いたんです。共同体みたいなものの結束にしかドラマが行かないんだとすれば、それは随分前の、ドラマ史の中でもずっと前に戻ってしまう感じがして。非常に危険な、思考停止な感じがするんですね。『SHARING』の中で「喜びは共有できるけど悲しみは共有できないかもしれない」というせりふがありますが、悲しみを安易に共有してしまう瞬間が、3.11を描くドラマや映画には見受けられて、「みんなで慰め合えばいいでしょう」「可哀想だね」「可哀想だよ」に終始してしまっている。その一方で被災者は「同情されるのはたまらない」と言ったりもする。答えがないことを描くということが、いよいよ難しくなってきた。特にああいう、大きなフィールドの中では。

 

余談ですけど、ここにいらっしゃる人はほぼ興味ないと思うんですけど、SMAPのコラムも書かせていただいていて、SMAPと日本を照らしあわせて考察しているんですね。SMAPファンにとっては「1.13」が非常に衝撃だったわけです。解散報道がされた日。僕は、SMAPは解散してもいいと思っています。いいかげん、もう25年以上やってますから。それも事務所の決断で全然構わないと思うんですね。彼らが表現してくれるものを観ていればいいという考え方なんです。僕はファンではない立場から批評しているつもりなんですけど、僕は多くのファンもそうだと思っていたんです。でもあの直後から、ものすごい運動が起きましたよね。彼女たちが――男性も含まれるかもしれないけど――、スローガンにしているのは「SMAPを解散させない」。これがちょっと驚きというか、非常に恐怖で。『世界にひとつだけの花』をみんなで買って、SMAPがどれだけ大事か思い知らせてやる!と。誰に? 日本国民なのか、ジャニーズ事務所なのか、あるいは「SMAPなんて大したことないよ」って言ってる人たちなのか。とにかくものすごい恐怖を覚えました。その共同体の有り様って何だろうなと。僕は、SMAPファンの人たちは、それぞれで応援していたし、それぞれが好きだったはずじゃないのと思うんですね。ファンクラブやファン同士のつながりはあるだろうけど。でもあそこで、僕が思ってた観客像が大きく崩れた。それは3.11が何か明るみにしてしまったものに、僕にとっては近いんです。僕もひょっとすると、薄々わかっていたけどそこを見て見ぬふりを、ひょっとしたらしていたのかもしれない。僕の中ではちょっと、テロリストにも近いんですよね。SMAP騒動はもはや、誰かを悪者にして、誰かをこらしめようとする動きになっている。僕からすると、本人たちの意志から大きく離れているような気がしてならないし、本人たちが意志を表出できないという状況もありますけれども、それは単に事務所のせいとか何とかっていうことではないと僕は思っていて。ファンの同調圧力っていうんですかね。3.11以後、何か意見を言う時には様子をうかがうっていう。それを間違えるとコミュニケーションの崩壊につながりかねないっていうところがどこかあって。SMAP騒動におけるファンの、あえて僕は暴挙と言ってしまいますけど、ああいう動きには驚きを得ているんです。

 

もっと映画とかドラマは「個」を描いて「個」に語りかけてくるものだったんじゃないかという気がしていて。共同体はもちろんあるし、幻想の中にしろ、実際にしろ、ある時は逃げこむ場所になるのかもしれないけど、ものすごい混乱した時は、実はそうじゃないんじゃないかという気がして。答えが出ないことほど、自分で考えなきゃいけないし、違う考えの人と語り合うべきだと思うんですね。同じ枠内で、「あの人が悪い」っていうことだけに終止してしまうと、非常によろしくないなと。これだけ情報社会みたいなことを言われて、いろんな意見があるのはわかっているけど、自分が知っている意見、知りたい意見しか吸収しようとしていないというのが本当に大きくなった。3.11については簡単に言えることではないけど、だからこそ「何がいい」「何が悪い」じゃないなっていうかね。

  

篠崎 「絆」っていう言葉が流行ったのもそうだし。「世界にひとつだけの花」だったら、まさに世界中にひとつだけの花がいっぱいあるはずなのに、「これひとつしかない!」「これしか認めない!」っていう感じになっていますよね。僕が黒沢さんの映画を好きなのは、登場人物たちが、そういうことと関係なく、いるんですよ。みんな、バラバラに立っている。夫婦であっても、それは他人同士が一緒にいるってことなんだ、という。家族もそうです。黒沢さんの映画には、流麗なカメラワークや映画ならではの時間もあるんですけど、それだけじゃない、そうじゃないところで個々の人たちが立ってて、ある関係性を結んで、でもそれがいつもろく崩れても仕方がないよね。裏切っても裏切られてもしょうがないよねと。それでも関係性を結ぼうとしている人たちを撮っているような気がするんです。

 

黒沢 はあ……そうね……

 

篠崎 『よろこびの渦巻』を見直したら、万田邦敏さんがずっとナレーションで語っているんです。「すべてが瓦礫の中で、また人間が一人立ち上がった」みたいな。一貫して黒沢さんがやろうとしているのは、世界が崩壊しようが何しようが、一人でとにかく……

  

黒沢 そんな大げさなものじゃないけど、特に親子関係についてはほんとに冷淡。それは自分でも思うなあ。しぶしぶ設定上親子にするけど、まー親子関係は、これこそ他人!っていうのを自分でも感じますね。そんなに僕自身が冷たい親子関係で育ったということでもないんですけど。親子関係こそが物語の中心にある物語って――映画で見るときはそんなに目くじら立てて嫌がらないけど――自分の作品ではまったくだめ。何の興味もない。

  

相田 確かに、黒沢さんの映画には、情はあるけど、絆という言葉は最もふさわしくないですね。

  

篠崎 アンチ絆ですよね。反・絆。

  

相田 やっぱり、一人で立ってるんだと思いますよ。

  

黒沢 いや、でもほら、んー、刑事は犯人を追っかけるじゃない。ちゃんとありますよ。人間関係はある。

 

篠崎 でも、ベタつかないでしょう。今日上映した『枠』にしても、男が急に「家族になろう」と言い出す瞬間、やっぱり感動するんですよ。でも彼女が絵を見せて「この中にあなたはいないでしょ」って拒否するのが、極めて黒沢清的だなあと。普通なら抱き合って終わってもいいじゃないですか。「一緒に生きていこう」って。でもそうしないのがいいんです。

 

 共有できないことを引き受ける

 

相田 最後、結局1人ですもんね。『SHARING』もまさに2分割の場面があるけど、普通だったら慰め合うというかね。あれはそれこそ、薄々感じているわけじゃないですか。「いや信じてない!」って彼女は言って立ち上がるしかない。ちゃんと言葉でも言われてますけど、わかりあえない。でもわかり合えないっていうことを否定しちゃいけない。「わかり合えないからダメだね」っていうことだと、どうしようもないじゃないですか。

  

篠崎 今、そうですよね。1個でも違いが見つかると、全否定でしょう。物凄く不寛容な時代です。まさにイントレランス。

  

相田 イントレランスですね。

  

篠崎 でも黒沢さんは3.11以前からもともとそういうことをやっていて。僕は『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の最後がものすごく好きなんです。「何も面白いことはないかもしれないけど一緒に来ませんか」。ちょっと『ワイルドバンチ』みたいなね。洞口さんがロバート・ライアンで、岸野さんが……あれ出てこない。

  

黒沢 あれだよね、あの、……ああ忘れちゃった。おっさんだよね(*エドモンド・オブライエンのこと)

  

篠崎 決して一体化しない、他人にアイデンティファイしない。わからないものに対してどう付き合っていこうかとか、何だかわからないけどそのままいくのか、とか。

  

黒沢 それはなんとなく僕の好みなんでしょうけど。3.11がどう影響したかはわからないんですが、そうやって生きている主人公たちが、最後、無理やりにでもハッピーエンドになっていく、っていう着地の仕方を、最近しづらくなってるのかもしれないですね。自分の中で。わかんないですけど。それでいいと思ってきたんだけど、自分に対してですよ。「ほんとにこれでよかったかしら」「見てみぬふりしてきたじゃないか」っていう自分に対する――反省というと大げさですけど――思いがあって、闇雲に主人公たちを幸せな形で終わらせることに、少し抵抗が出てきたのかもしれないですね。

 

篠崎 と言いながら、今年は新作が2本公開になりますね。これらはハッピーエンドの映画じゃないかな……。

  

黒沢 そう?

  

篠崎 はい。とはいってもハリウッド流のすべてがまるく収まるハッピーエンドじゃないですよ。話すとネタバレになってしまうのでここでは言えませんが。そうじゃなくて、黒沢さんがたえず立ち止まらないでやり続けていることがすごく出ている気がしますので。『クリーピー 偽りの隣人』は6月公開ですか?

  

黒沢 はい。18日です。

  

篠崎 皆さん絶対見てください。相田さんは、最近はノベライザーとして。

  

相田 ガス・ヴァン・サントの、マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツという布陣の『追憶の森』をノベライズさせていただきました。41日発売ですね。富士の樹海が舞台なので、思い切り暗いんじゃないかと思うけど、意外や意外、非常に……これ言って見に行く人が減ると困るんですけど『いま、会いにゆきます』みたいな話なんですよね。アメリカ人が樹海を解釈するとこういうファンタジーが生まれるんだなっていう感じで。僕自身も非常に書きがいのある作品というか。日本人の作家が書いたんじゃないかなっていう。ブラックリストっていう、いい脚本をストックしておくあれがアメリカにあるんですけど、それをガス・ヴァン・サントが監督することになった。非常にいい、意外な作品です。ぜひごらんください。ついでにノベライズも。先に読んでもいいと思います。映画はゴールデンウィーク公開なので。

  

【質疑応答】

 

――黒沢さんの映画は、いつもいい風が吹いていると思うんですが、ロケの時は天気予報をチェックされますか。

 

黒沢 残念ながら、天気予報に沿って撮影できるほど贅沢はできないです。どんな天候であれ、撮らなきゃいけない。風は、もちろん狙いで、扇風機などを使って吹かせているところもいくつかありますが、……これ結構ツイてるね。えっ、っていうところでほんとに吹くんですよ。

 

篠崎 神風ですね。

 

黒沢 一度でもそういう経験をすると、やっぱり、長回しになるね。「いつか吹くんじゃないかな!」って待ってるんですよ。一番いいのは、最初は吹いてないのに、カットの途中でざあっと吹く、あれが一番感激するんですけど。ある程度長回しして「吹かないかな、吹かないかな」って思っていると、ほんとに最後に吹いたりする。そういう意味で、意外に皆さん感じてないかもしれないですけど、風って、待ってると吹くもんですね。

  

相田 黒沢さんだけじゃないですか(笑)。鵜呑みにしない方がいい。

  

篠崎 そうですよ。今日の『記憶』も冒頭すごくいい風が吹いていましたね。もちろん、セットで半透明のビニールが翻るところは狙いで扇風機で風起こしているんですが、外のファーストカットの風は、たまたまですか?

  

黒沢 全部たまたまです。だから、吹くんだって。意外と。

  

篠崎 信じないですよ。聞かなかったことにします(笑)。そういえば、『ドレミファ娘~』のナレーションで「風は差別をしない。男にも女にも平等に風は吹く」っていう、黒沢さん的な民主主義(笑)が語られましたね。そういうことも含めて、黒沢さんの映画というのは、非常に風通しの映画になっていると思います。今日は皆さん、ありがとうございました(2016/03/04

  

黒沢清(映画監督、東京芸術大学大学院教授)

 

6月公開予定の映画『クリーピー 偽りの隣人』の他、オール・フランス・ロケ、フランス人スタッフ、キャストによる新作『ダゲレオタイプの女』が今秋公開。

  

相田冬二(ライター、ノベライザー)

 

数々の雑誌、メディアに映画評を執筆。ノベライザーとしての最新作はガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』

 

篠崎誠(映画監督、立教大学現代心理学部教授)

 

映画『SHARING』監督。 

初日舞台挨拶大成功!